多くの皮膚障害は、必須脂肪酸の代謝障害によると考えられている。特に、リノール酸をγリノレン酸に変換する酵素、デルタ-6-デサツラーゼ(delta-6-desaturase:D6D)の作用が阻害される為と考えられている。この酵素が働かなくなると体内で生合成されるγリノレン酸の量が不足するようになる。この酵素の活性が低下する原因は、老化、動物性脂肪の取りすぎ、糖尿病などがある。
細胞の流動性と安定性を保っている細胞膜の構成成分であるリノール酸とγリノレン酸は、健康な皮膚を保つ上で重要な物質である。体内の水分を保持し、異物の侵入を防ぎ、毒物を体外に排泄するなど体を守る保護組織(バリアー)として皮膚細胞が適切に機能するためには、健全な細胞膜を持っている必要がある。皮膚に十分な水分が保たれていることは、健全な細胞膜に囲まれた細胞内に十分な水分が保持されていることであり、その結果、バリアーが正常に働き、有害物質の刺激から皮膚を守ることが出来る。それ故必須脂肪酸は、表皮の細胞層を正常に保つ上で必要不可欠な物である。
又、γリノレン酸は、血行を良くし、炎症を鎮め、水分の損失を防ぐことで正常な皮膚の生理作用を維持することを助けるプロスタグランジンE1のような強力ではあるが短命なホルモン様物質であるエイコサノイド(eicosanoids)の前駆物質でもある。
ボリジ油は、「くさ」と呼ばれている乳児に一般的に見られる頭部の脂漏湿疹の治療に有効であった。the British Journal of Dermatologyに発表された研究によると、48名の乳児の頭部脂漏性湿疹に1日2回のボリジ油の塗布を行った。頭部の皮膚障害は、10-12日間の塗布で完治した(8)。治療を終了した後1週間以内に症状が再発することはなかった。更に乳児が生後6-7ヶ月になるまで再発しなかった。この研究で、ボリジ油が効果的に経皮吸収され、プロスタグランジンE1を生合成する為の原料としてγリノレン酸が体内に供給されていることを証明した。乳児期には、デルタ-6-デサツラーゼの機能が未成熟なことが、乳児に脂漏生湿疹が多発する原因であると考えられる。その為γリノレン酸を補給できるボリジ油を塗布することが最も適切な治療法であると考えられる。
別の研究でもγリノレン酸の塗布により乾燥肌の患者の経皮水分損失率を減少させ皮膚を正常化し、皮膚炎や湿疹などの皮膚障害を緩和することを確認している(9-11)。γリノレン酸のそのほかの効果として外傷ややけど、打撲の治療に有効であると言う報告がある(12,13)。又、γリノレン酸の先駆物質であるリノール酸塗布した場合、頭皮の湿疹や脱毛、髪の色素脱失に効果があるとの報告もある(14)。
γリノレン酸を経口摂取して皮膚細胞中γリノレン酸量を増加させて起こる効果と皮膚に塗布して起こる効果は同じである。このことは、γリノレン酸を経口摂取しても塗布しても体内に入ったγリノレン酸は同じメカニズムで作用していると考えられる。γリノレン酸の経口摂取でも湿疹、皮膚炎、ニキビの症状を減少させ、乾燥肌や荒れ肌を改善し、皮膚の滑らかさや柔らかさを増し、紫外線による発赤や紅斑を治すことが判っている(1,12)。
紫外線による皮膚障害の代表的な例は、日焼けである。日焼けにより発赤、腫れ、水膨れ、痛みなどが発生するが、その時、皮膚の細胞壁に含まれる脂肪酸が流出する。流出した脂肪酸の内アラキドン酸は、日焼けの症状を悪化させる方向に働き、γリノレン酸は、改善させる方向に働く。これは、γリノレン酸からプロスタグランジンE1が作られる為である。それ故、日焼け止め化粧品のγリノレン酸含有植物油を使用することで日焼け止め化粧品の効果を高めることが出来る(16)。
更に皮膚細胞中にγリノレン酸の様な脂肪酸を増加させることで、老化や日光による害、皮膚にストレスを与えたり、皮膚細胞中のγリノレン酸の量を低下させる要因から皮膚を守ることが出来ると考えられる。抗炎症剤は、紫外線AやBによる皮膚のダメージを防ぐ効果があるが、γリノレン酸もそれと同様の効果を持っている。十分な量のγリノレン酸が皮膚にあることは、皮膚の機能を正常にし、健康な皮膚を保つだけでなく、いろんな皮膚障害を防ぎ治すことが出来る。
γリノレン酸を経口摂取して補う必要があるのは、高齢者やアトピー性皮膚炎の人の様に病的な状態にある人である。健康な人が、γリノレン酸を経口摂取しても何ら効果を示さないと言う報告もある。それは、健康な人は、リノール酸からγリノレン酸を体内で作ることが出来るからである。だから、若い人向けの化粧品には、γリノレン酸の不足を補うと言う意味で、γリノレン酸の含量の少ない大麻油や月見草油を使い、高齢者や肌が弱っている人向けの化粧品には、γリノレン酸が多く含まれているブラックカラント油やボリジ油を使いのが良いと考えられる。
参考文献
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